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名古屋地方裁判所 昭和61年(ワ)2652号 判決 1992年12月25日

名古屋市<以下省略>

原告(反訴被告)

米常商事株式会社

右代表者代表取締役

名古屋市<以下省略>

反訴被告

三重県桑名市<以下省略>

反訴被告

右三名訴訟代理人弁護士

景山米夫

佐藤健三

名古屋市<以下省略>

被告(反訴原告)

右訴訟代理人弁護士

村上文男

鈴木健治

岩本雅郎

右訴訟復代理人弁護士

宮﨑直己

主文

一  原告の本訴請求をいずれも棄却する。

二  反訴被告米常商事株式会社及び反訴被告Bは、反訴原告に対し、各自金一二九三万七二五〇円及び内金一二七一万二七五〇円に対する昭和六一年四月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  反訴原告の反訴被告米常商事株式会社及び反訴被告Bに対するその余の反訴請求並びに反訴被告Aに対する反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じて、被告(反訴原告)に生じた費用の四分の一、原告(反訴被告)及び反訴被告Bに生じた費用の四分の一並びに反訴被告Aに生じた費用を被告(反訴原告)の負担とし、被告(反訴原告)に生じたその余の費用並びに原告(反訴被告)及び反訴被告Bに生じたその余の費用を原告(反訴被告)及び反訴被告Bの負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

(本訴)

被告は、原告に対し、金一二〇〇万九五〇〇円及びこれに対する昭和六一年八月二七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(反訴)

反訴被告らは、反訴原告に対し、各自金三八六五万九五〇〇円及び内金三八四三万五〇〇〇円に対する昭和六一年四月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本訴は、東京工業品取引所及び名古屋穀物砂糖取引所等の商品取引員である原告(反訴被告、以下「原告」)が、被告(反訴原告、以下「被告」)から金取引及び穀物取引の委託を受け先物取引を行ったところ帳尻損金(売買差損金及び委託手数料の合計額のうち委託証拠金による充当で足りない部分)を生じたとして、被告に対し、金取引委託契約及び穀物取引委託契約に基づき、右帳尻損金及び本訴状送達の日の翌日からの商事法定利率による遅延損害金の支払を求めた事案であり、反訴は、被告が、原告並びにその代表取締役である反訴被告A(以下「反訴被告A」)及びその従業員であり被告の担当外務員であった反訴被告B(以下「反訴被告B」)に対し、前記取引において一任売買、断定的判断の提供等の違法行為があったとして不法行為による損害賠償請求権(原告に対しては民法七一五条一項、反訴被告Aに対しては同条二項、反訴被告Bに対しては同法七〇九条)に基づき、被告が原告に支払った委託証拠金等の損害の賠償及び取引終了日の翌日からの民法所定の遅延損害金の支払を、原告に対し、仕切りの合意の不履行又は金取引委託契約及び穀物取引委託契約上の善管注意義務違反による損害賠償請求権に基づき、早期に仕切りがなされた場合に返還されたはずの委託証拠金と同額の損害の賠償及び右と同じ遅延損害金の支払を選択的に求めた事案である。

一  争いのない事実等

1(一)  原告は、国内先物商品取引の受託業務等を目的とする会社であり、東京工業品取引所及び名古屋穀物砂糖取引所の商品取引員である。

反訴被告Aは、2(二)及び3(二)の取引(以下「本件取引」)当時、原告の代表取締役であり、反訴被告Bは、右取引当時、原告の従業員であり被告の担当外務員であった。

(二)  被告は、昭和○年生まれの男子であり、昭和○年に高校を卒業し、繊維問屋勤務、レストラン経営等を経て、本件取引当時、室内装飾品の製造販売業を営んでいた(被告本人)。

2(一)  被告は、原告との間において、昭和六〇年一〇月三日、東京工業品取引所における金取引を委託する基本契約を締結した。

(二)  原告は、被告の委託に基づき、昭和六〇年一〇月三日から昭和六一年四月二四日まで、別紙金取引一覧表のとおり東京工業品取引所における金取引(いずれも買建売落)を行った。

(三)  右取引において、合計二〇九二万八〇〇〇円の売買差損金及び合計一〇一万四〇〇〇円の委託手数料(総計二一九四万二〇〇〇円)が発生した。

3(一)  被告は、原告との間において、昭和六〇年一〇月七日、名古屋穀物砂糖取引所における穀物取引を委託する基本契約を締結した。

(二)  原告は、被告の委託に基づき、昭和六〇年一〇月九日から昭和六一年四月二四日まで、別紙大豆取引一覧表のとおり名古屋穀物砂糖取引所における大豆取引(いずれも買建売落)を行った。

(三)  右取引において、合計二六三一万二五〇〇円の売買差損金及び合計一一九万円の委託手数料(総計二七五〇万二五〇〇円)が発生した。

4  被告は、原告に対し、本件取引について、次のとおり合計三七四三万五〇〇〇円の委託証拠金を預託し、昭和六一年四月二四日時点の金取引の委託証拠金現在高は一八五三万五〇〇〇円、大豆取引の委託証拠金現在高は一八九〇万円であった。

昭和六〇年一〇月四日 二〇二万五〇〇〇円

同月八日 七〇万円

同年一一月六日 一五〇万円

同月三〇日 七〇〇万円

同年一二月一八日 一〇〇万円

昭和六一年一月一七日 九五万円

同月二二日 三五〇万円

同年二月一〇日 四六六万円

同月一八日 五七〇万円

同年三月一七日 一〇四〇万円

5  原告は、昭和六一年五月三〇日、2(三)の売買差損金及び委託手数料に4の金取引の委託証拠金を充当し、3(三)の売買差損金及び委託手数料に4の大豆取引の委託証拠金を充当した(成立に争いのない甲三の一ないし五、四の一ないし四)。

その結果、金取引における帳尻損金は三四〇万七〇〇〇円となり、大豆取引における帳尻損金は八六〇万二五〇〇円となった。

6(一)  被告は、原告に対し、昭和六二年一月二〇日の本件口頭弁論期日において、二・2・(一)及び(二)の損害賠償金請求債権をもって原告の本訴請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(二)  被告は、原告に対し、平成四年五月二六日の本件口頭弁論期日において、二・2・(四)の損害賠償金請求債権をもって原告の本訴請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

二  争点

1  反訴被告Bの不法行為(被告の主張―被告は、反訴請求原因として、1(及び2)の不法行為責任と3又は4の債務不履行責任とを選択的に主張した。また、1及び2の主張は、本訴における相殺の抗弁の自働債権の主張を兼ねるものである)

反訴被告Bには、原告の外務員として被告に本件取引を勧誘し、又は本件取引を執行するについて、次のとおり違法な行為があった。

(一) 実質的な一任売買(商品取引所法九四条三号違反)

商品取引員は、委託者から売買取引の委託を受けるときは、そのつど①商品の種類②限月③売付け又は買付けの区別④新規又は仕切りの区別⑤数量⑥成行又は指値の区別、指値の場合はその値段⑦売買を行う日、場及び節又は委託注文の有効期限につき指示を受けなければならないところ、被告は、金又は大豆について商品知識や価格変動要因の知識はなく、そのうえ、本件取引当時、装飾用の美術品を台湾で製造させて輸入し発注者の指示する現場に設置する仕事をしていたため、海外出張、国内出張が多く、多忙であった。このため、本件取引は、完全に包括的な一任売買ではないものの、前記の、商品取引員が具体的に指示を受けるべき事項のうちいくつが指示のないまま売買された実質的な一任売買であった。

すなわち、金取引において、昭和六〇年一〇月三日の一五枚の買建玉については、場、節、値段が一任されており、その後の昭和六一年一月一〇日の一〇枚の買建玉、同月二三日の一〇枚の買建玉、同年三月一三日の三〇枚の買建玉については、反訴被告B又は原告の従業員から「金を買って下さい」と言われ売買を任せたものである。このような一任は、大豆取引においても同様であった。

(原告及び反訴被告らの主張)

(1) 被告は、大和商品株式会社(以下「大和商品」)との間において、昭和五八年一一月二一日、豊橋乾繭取引所における乾繭取引の委託契約を締結し、同日から昭和五九年六月一六日まで、合計約二〇〇〇万円の委託証拠金を預託して乾繭取引を行っている。また、同年三月一九日から同年四月二七日には、合計約九二一万円の委託証拠金を預託して一二〇枚の大豆取引を行っている。

さらに、被告は、同年三月六日、豊橋乾繭取引所において「継続的売買取引関係者の認定」を受けている。

右大和商品での取引時に、被告は、商品取引の経験が豊富な友人のDの指導を受け、原告方にも約一〇回相場の動きについて相談に来ている。

このように、被告は、商品取引の経験者であり、商品取引の仕組み等に習熟していた。

(2) 被告は、本件取引の期間中、原告の店頭に二日おき位に来ており、原告の店頭で各種経済新聞・業界紙の外、罫線等を見ることもできた。

(3) 本件取引における被告の取引回数は、金取引、大豆取引とも各四日にすぎないのであり、出張が多かったとしても、取引に関係するものではない。

(4) 大豆の相場は、昭和六〇年一一月二八日から昭和六一年一月二七日ころまで大幅な上昇相場となっており、反訴被告Bは被告に対し利喰いを勧めたが、被告は、大きな利益を追求してか自分の意思で仕切らなかった。

(5) 右の各点に照らしても、本件取引を一任売買ということはできない。

(二) 断定的判断の提供(商品取引所法九四条一号違反)商品取引員は、商品市場における売買取引につき、顧客に対し、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することが禁じられているところ、被告は、以前、大和商品との商品取引で損失を被り、商品取引を自らの意思で再度行う気持ちはなかった。

しかるに、反訴被告Bは、被告に対し、昭和六〇年一〇月三日までに金取引を勧誘するにあたり、「絶対儲かります。決して損をしません」「今がチャンスです」と断定的に述べ、同月九日以降大豆取引を勧誘するにあたっても、「大豆は底値になっています。これからは上がるばかりです」「絶対に儲かりますから」等と断定的に述べた。

(原告及び反訴被告らの主張)

反訴被告Bは被告に対し断定的判断を述べたことはなく、仮に断定的なことばがあったとしても、被告の商品取引の経験・習熟度からすれば、その信用性について判断することができた。

被告は、反訴被告Bと話し合いながら、自主的判断で建玉をしたものである。

(三) 過当な売買取引の要求(商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項8に該当)

商品取引員は、委託者の手仕舞指示にからんで、他商品又は同一商品の他の限月等に新たに建玉するよう強要すること、利益が生じた場合に、それを証拠金の増積みとして新たな取引をするように執拗に勧めること等が禁じられているところ、反訴被告Bは、被告に対し、被告が預託した委託追証拠金(以下「追証」)が不要になると、それを証拠金の増積みとして新たな取引をするよう執拗に勧めた。

また、昭和六一年四月一日又は二日には、被告が、反訴被告Bに対し、追証が必要であれば手仕舞にするよう指示したにもかかわらず、その指示に従わなかった。

(原告及び反訴被告らの主張)

反訴被告Bが被告に対し新規取引を執拗に勧めたことはなく、昭和六一年四月一日又は二日に被告が被告主張の手仕舞を指示したこともない。

(四) 不当な増建玉(商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項9に該当)

商品取引員は、追証として預託した分を新規建玉に回してしまうと、次に追証が必要となったときに追証額が増大して委託者が対処できなくなるおそれがあるため、委託者に対しこのような増建玉をするように仕向けることが禁じられているところ、反訴被告Bは、追証を転用して次の増建玉を行った。

一月一〇日金一〇枚(金の追証を転用)

一月一七日大豆三〇枚(金の追証を転用)

一月二三日金一〇枚(追証用に預託した金員を転用)

二月二四日大豆三〇枚(金の追証を転用)

三月一三日金三〇枚(金の追証を転用)

(原告及び反訴被告らの主張)

被告は、追証が不要になれば返却を受けることができることを知りながら、資金的に許されることから、自主的判断のもとで各増建玉を行ったものである。

一月一七日大豆三〇枚の建玉では、被告は、委託証拠金の不足額として現金九五万円を持参している。

(五) 新規委託者保護管理協定違反

全国商品取引員協会連合会が定めた新規委託者保護管理協定等によれば、新規委託者(商品取引所が認定した継続的売買取引委託者以外の者)については、三か月の保護育成期間(習熟期間)が設けられており、この期間は原則として二〇枚以下の建玉(一時点において建っている総建玉数の合計)でしか取引をすることができないところ、被告は、右の新規委託者であるにもかかわらず、昭和六〇年一〇月三日に一五枚の建玉がされて後、同年一一月二八日時点では合計一二五枚の建玉がされている。

なお、原告での先物取引を始めてから五か月一〇日後の昭和六一年三月一三日時点での総建玉数は二三五枚に達している。

(原告及び反訴被告らの主張)

原告には、社内に新規委託者保護管理規則が設けられているところ、反訴被告Bは、昭和六〇年一〇月九日(大豆一〇枚建玉の日)、右規則に則り、被告に対する制限枚数超過の申請を特別担当班責任者宛て提出し、特別担当班と総括責任者は、被告の過去の商品取引の経験等((一)における原告及び反訴被告らの主張(1)のとおり)から、被告は危険を踏まえ自主的かつ自由な視野を持って建玉をすることができると判断し、被告の建玉を二〇〇枚の範囲で認めた。

したがって、原告に新規委託者保護管理協定違反はない。

(六) 追証状態の放置

社団法人全国商品取引所連合会が定めた受託業務指導基準によれば、商品取引員は、追証が発生した場合、委託者に追証の発生を連絡し追証が発生した日の翌営業日の正午までにこれを徴収しなければならないところ、本件取引については、別紙金取引追証発生一覧表(昭和六一年四月九日を除く)及び大豆取引追証発生一覧表(昭和六〇年一一月二八日及び二九日にも発生)のとおり追証が発生したにもかかわらず、反訴被告Bは、被告に対し、追証の発生を連絡せず、追証状態を放置していた。

また、金取引については、昭和六一年四月一日から同月二四日まで三三万七五〇〇円の委託定時増証拠金(以下「定時増」)が、大豆取引については、同年三月一日から同月二六日まで二〇万円の委託臨時増証拠金(以下「臨時増」)、同月一四日から同月二六日まで二〇万円の定時増、同年四月一日から同月二四日まで二〇〇万円の臨時増、同月一四日から同月二四日まで二〇〇万円の定時増がそれぞれ発生したが、反訴被告Bは、これらの証拠金を請求せず、証拠金は不足のままであった。

(原告及び反訴被告らの主張)

(1) 本件取引について、別紙金取引追証発生一覧表及び大豆取引追証発生一覧表の各年月日に各金額の追証が発生したこと並びに被告主張の定時増及び臨時増が発生したことは認める。

(2) 昭和六一年三月末までの間は、追証が発生したときは、連絡を取り合って合意の上、金取引と大豆取引の間で委託証拠金を振り替えたり、被告が原告方に現金を持参したりして、これを入金していた。

(3) 昭和六一年四月一日以降も、追証が発生したときは、反訴被告Bは、被告に対し、追証の発生を連絡しこれを請求した。このため、同月三日及び九日には、被告と合意の上、委託証拠金の振替がなされている。

右以外の場合、反訴被告Bは追証を請求したにもかかわらず被告から入金がなされなかったか、被告の出張のため反訴被告Bからは被告に連絡がつかなかったものであり、反訴被告Bが追証状態を放置したことはない。

2  1の不法行為による被告の損害(被告の主張)

(一) 被告は、原告に対し、委託証拠金名目で一・4のとおり合計三七四三万五〇〇〇円を預託した。

(二) 慰謝料 一〇〇万円

(三) 弁護士費用 二二万四五〇〇円

(四) 原告の本訴請求が認容されるときは、その認容額が被告の損害額に加えられる。

3  仕切りの合意の不履行(被告の主張)

(一) 被告は、反訴被告Bに対し、昭和六一年四月一日又は二日に、「追証がかかったときに連絡がとれなかった場合は処分して下さい」と申し入れ、反訴被告Bはこれを承諾したので、被告と原告の間に、金取引委託契約及び穀物取引委託契約の特約として、いずれかの取引に追証が発生した場合は、原告は、その直近の場・節で成行によって全建玉を仕切るとの合意が成立した。

(二) 昭和六一年四月一日には、金取引について追証が発生していた。

したがって、原告は、遅くとも同月二日の最終節に全建玉を仕切る義務があった。

(三) 昭和六一年四月一日の全建玉は、同月二四日に仕切られた。

(四) 昭和六一年四月二日に仕切られた場合、金取引について二万五〇〇〇円、大豆取引について一一四八万円合計一一五〇万五〇〇〇円の委託証拠金が返還されたはずであった。

4  原告の善管注意義務違反(被告の主張)

(一) 本件取引については、昭和六一年四月になると、一日に金取引につき三三万七五〇〇円の定時増及び大豆取引につき二〇〇万円の臨時増が、一四日に大豆取引につき二〇〇万円の定時増がそれぞれ必要となることが予想できた。

したがって、金取引委託契約及び穀物取引委託契約上の善管注意義務として、原告は、同月一日には、被告に対し、「少なくとも」四月限りについては金も大豆も仕切るか、又は納会(四月二五日ころ)まで建玉を維持するつもりであれば定時増及び臨時増を準備するよう注意を促す義務があり、さらに、全建玉を処分すべき義務があった。

(二) 原告は、昭和六一年四月一日以降、(一)の義務を何ら尽くさなかった。

(三) 昭和六一年四月一日に全建玉を処分したとすると九六五万円(金取引について一〇一三万円、大豆取引についてマイナス三七万円の合計額)の委託証拠金が返還されたはずであり、同月二日に全建玉を処分したとすると一一五〇万五〇〇〇円の委託証拠金が返還されたはずであった。

5  信義則違反(被告の主張―本訴請求に対する抗弁)

(一) 原告の従業員である反訴被告Bに1の不法行為がある以上、本訴請求は、信義則上許されない。

(二) 1の不法行為が成立しないとしても、原告に3又は4の債務不履行がある以上、本訴請求は、右債務不履行によって発生した損金を請求するものとして信義則上許されない。

(三) 1の不法行為並びに3及び4の債務不履行が成立しないとしても、原告は、昭和六一年四月一日以降、追証が発生したにもかかわらず、被告に対する連絡、被告との対応策の検討をせずこれを放置し、かつ、定時増及び臨時増の徴収を怠っていたのであるから、右対応措置の怠慢が招いた自らの損失を委託者に帰せしめるべきではなく、本訴請求は、信義則上許されない。

6  過失相殺(原告及び反訴被告らの主張)

1・(一)の原告及び反訴被告らの主張(1)のとおり、被告は、商品取引の経験者であり、商品取引の仕組み等に習熟していた。

第三争点に対する判断

一  当事者について

1  原告が国内先物商品取引の受託業務等を目的とする会社であり、東京工業品取引所及び名古屋穀物砂糖取引所の商品取引員であること、反訴被告Aが本件取引当時原告の代表取締役であり、反訴被告Bが右取引当時原告の従業員であり被告の担当外務員であったことは争いがなく(第二・一・1・(一))、反訴被告B本人によれば、反訴被告Bは、本件取引当時、原告の営業部一課の課長であったことが認められる。なお、反訴被告Bの外務員歴は明らかではない。

2  被告は昭和○年生まれの男子であり、昭和○年に高校を卒業し、繊維問屋勤務、レストラン経営等を経て、本件取引当時室内装飾品の製造販売業を営んでいた(被告本人)が、その年収、本件取引以前の保有資産、本件取引のための委託証拠金の調達方法等は、本件全証拠によるも明らかではない。

3  甲五の一ないし一二、六の一ないし三(いずれも成立に争いがない)及び被告本人によれば、被告は、仕事上の付合いがあったDに誘われ、昭和五八年一一月から大和商品で先物取引を始め、同月二一日から昭和五九年六月一六日まで、合計二七一九万六〇〇〇円の委託証拠金を預託して(内五三六万六〇〇〇円は大豆の委託証拠金からの移転)豊橋乾繭取引所における一一回(合計三六八枚)の乾繭取引を行ったが、右取引は一件を除き損計算となり、合計一七八六万一四〇〇円の売買差損金及び合計三〇九万一二〇〇円の委託手数料(総計二〇九五万二六〇〇円の損)を生じたこと、被告は、同年三月六日には、豊橋乾繭取引所において「継続的売買取引関係者の認定」を受けたこと、また、被告は、同月一九日及び同年四月二七日に、合計九二一万六〇〇〇円の委託証拠金を預託して(内四二一万六〇〇〇円は乾繭の委託証拠金からの移転)名古屋穀物砂糖取引所における二回(合計一二〇枚)の大豆取引を行ったが、右取引で合計二九五万円の売買差損金及び合計九〇万円の委託手数料(総計三八五万円の損、乾繭と合計すると約二五〇〇万円の損)を生じたこと、被告は、Dからこれだけやっても負けるばかりだからもうやめたほうがいいと言われ、大和商品での先物取引をやめたことが認められる。

右に認定したとおり、被告は大和商品で先物取引を経験したとはいえ、取引を始めたのもやめたのもDから言われるままにしたものであり、前掲甲五の一ないし一二、六の一ないし三によれば、乾繭取引においては、取引開始から三か月以内に合計一四〇枚の買建玉がされた上、右期間内に同数の売建玉(両建)がされていること、大豆取引においては、最初から七〇枚の建玉がされていること、乾繭取引の委託証拠金が出金されそれが委託証拠金に入金されることで大豆取引が開始され、大豆取引で損失金が発生した後損失金に充当された以外の委託証拠金は出金され再度乾繭取引の委託証拠金に入金されたこと、したがって、被告が大和商品に預託した金員について現実に返還を受けたのは取引終了時だけであったことが認められる。

被告は、大和商品での取引前には商品取引も株取引も経験したことがなく、大和商品で取引を始めるにあたって、特段商品取引の勉強もしていない(被告本人)のであるから、右のような取引経過は、大和商品での取引が大和商品側に誘導されてなされたのではないかとの疑いを強くさせるものであり、大和商品で先物取引を経験したからといって、直ちに、被告が先物取引の仕組み等に習熟し、商品知識や価格変動要因の知識を有していたとは認められない。

二  本件取引の経過について

第二・一・2・(二)、3・(二)及び4の争いのない事実、前掲甲三の一ないし五、四の一ないし四、甲一、二、一五の一ないし三、一六の一・二、一七、二二(いずれも成立に争いがない)、乙五(成立については被告本人)、乙二〇、二一の一ないし六(成立については弁論の全趣旨)、証人E、被告及び反訴被告B各本人並びに弁論の全趣旨(追証に関する当事者の主張)によれば、本件取引の経過について次の各事実が認められる。

1  被告は、大和商品で先物取引を行っていた昭和五九年一月末ころ、Dから、他の会社の意見も聞いてみようと言われ、業界紙に原告の名前が載っていたこと、被告は原告の店舗の前をよく通っており原告の看板が目についたことから原告の店舗を訪れ、応対に出た反訴被告Bと知り合った。

被告は、その後同年六月ころまで、一〇回位原告の店舗に来て、反訴被告Bから乾繭の相場について予想を聞いていたが、六月に大和商品での取引をやめてからは、原告の店舗に来ることもなくなった。

2  反訴被告Bは、被告がいずれ原告でも取引をしてくれるのではないかと期待していたが、被告が店舗に来なくなったので、昭和五九年九月ころ、被告方に電話し、被告が大和商品での取引で損をして取引をやめたことを知った。そこで、反訴被告Bは、被告に対し、「損を取り返して下さい」等と言って原告での取引を勧めたが、被告は取引を渋っていた。

3  昭和六〇年八月ころから、反訴被告Bは、被告に対し、電話を架けたり被告が営んでいる室内装飾品製造販売業の工場を訪れたりして取引を勧め、大豆や乾繭の取引はしたくないという被告に対し、「金はそんなに相場の値動きがないから、安全だから買ってください。金だったら心配ない」等といって金の取引を勧めた。

このため、同年一〇月三日、右工場を訪れた反訴被告Bに対し、被告は、原告に委託して金取引を行うことを返事し、妻に、原告に東京工業品取引所における金取引を委託するについては右取引所の定める受託契約準則の規定を遵守する旨の承諾書・通知書(甲一)及び「商品取引委託のしおり」の受領書(甲一五の一)に被告の氏名を記載させ印鑑を押捺させて、これらを反訴被告Bに交付した。

反訴被告Bは、同日のうちに一五枚の買建玉をし、被告は、翌四日、原告の店舗に委託証拠金二〇二万五〇〇〇円を持参した。

4  しかし、一〇月七日には、反訴被告Bから被告に電話があり、「大豆が天候相場になります。これから上がっていきますから仕込んでください」等と大豆取引を勧めたため、被告は、一〇枚だけ買うことに同意し、翌八日、原告の店舗に委託証拠金七〇万円を持参し、同月九日、大豆一〇枚の買建玉がされた。なお、このころ、被告は、原告に対し、金取引についてと同様の、名古屋穀物砂糖取引所における大豆取引に関しての承諾書・通知書(甲二)及びしおりの受領書(甲一五の二)を差し入れた。

5  一一月二日には、金の相場が下落し、被告の金取引について追証が発生したため、反訴被告Bから連絡を受け、被告は、同月六日、原告の店舗に一五〇万円を持参した。

同月一六日には、大豆取引について追証が発生したが、金取引の委託証拠金に余裕があったため、同月一九日、反訴被告Bは、被告の同意を得て、金取引の委託証拠金から大豆取引の委託証拠金に五〇万円を振り替えた。

6  被告は、大和商品での大豆取引で損を経験していたが、一一月二八日、原告の店舗を訪れた際、反訴被告Bから、「シカゴ相場が必ず天候相場に入って上がってくるから買ってください」等と言われ、損を取り返したいという気持ちから、大豆一〇〇枚の買建玉を承諾し、三〇日に委託証拠金七〇〇万円を持参した。

7  昭和六一年一月一〇日、被告は、原告の店舗を訪れた際、反訴被告Bから、「金はもう下がらないから金を買って下さい」と言われ、預託してある金の委託証拠金を利用して金一〇枚の買建玉をすることを承諾した。

さらに、同月一七日、被告は、反訴被告Bの「大豆はこれから上がっていきます」とのことばから、大豆の増建玉に同意し、原告に対し委託証拠金九五万円を持参し、金取引の委託証拠金から大豆取引の委託証拠金に一一五万円を振り替え、合計二一〇万円で大豆三〇枚の買建玉がされた。

8  被告は、一月二三日から二月五日まで台湾に出張する予定であったため、一月二二日に、出張中に追証がかかったらいけないと思い、原告の店舗にあらかじめ三五〇万円を持参した。

しかし、翌日の朝原告に電話をした際、金が上がるだろうという話を聞き、被告は、右の金員のうち一三五万円を委託証拠金として金一〇枚の買建玉をすることを承諾した。

その後、一月三一日には、金取引について追証が発生したため、反訴被告Bは、二月一日、先の金員のうち二一五万円を追証にあて、同月三日に台湾からコレクトコールを架けてきた被告に対しこれを報告し、了解を得た。

9  その後も、被告の金取引においては、追証が繰り返し発生したが、被告は、反訴被告Bから連絡を受ける都度、現金を持参してこれに対処していた。

10  そのような中で、二月二四日、被告は、原告の店舗を訪れた際、反訴被告Bから、「金の追証が抜けたから買って下さい」と言われ、金取引の委託証拠金から大豆取引の委託証拠金に二一〇万円を振り替え、大豆三〇枚の買建玉をすることを同意した。

また、三月一三日にも、余裕ができた委託証拠金で金三〇枚の買建玉をすることを同意した。

11  被告は、三月一五日から同月二三日まで台湾に出張したが、同月一四日には、金取引にも大豆取引にも追証が発生し、反訴被告Bから被告に対しその旨の連絡があった。このため、同月一七日、被告の指示を受けた被告の妻が、自宅を訪れた反訴被告Bに対し合計一〇四〇万円を手渡した。

12  三月二六日には、昭和六〇年一〇月九日の大豆一〇枚の買建玉が納会となり、一四九万五〇〇〇円の損が確定したが、この時点では、委託証拠金をこの帳尻損金に充当する処理は採られなかった。

13  四月一日には、金取引について追証が発生したため、反訴被告Bは、同月三日、大豆取引の委託証拠金から金取引の委託証拠金に四〇〇万円を振り替え、金取引の追証は解消した。しかし、同日には、大豆取引について追証が発生しこれが継続したため、反訴被告Bは、同月九日、金取引の委託証拠金から大豆取引の委託証拠金に二〇〇万円を振り替えたものの、大豆取引の追証は解消せず、さらに同日には、金取引についても追証が発生した。反訴被告Bは、これらの委託証拠金の振替を被告に連絡しておらず、追証の請求もしていなかった。

被告は、同月三日から七日までは台湾に出張に行っており、その後も、一〇、一一日と福岡に出張し、一五日から二三日までは東京に出張する予定であったため、同月一一日、原告の店舗を訪れたが、その際、反訴被告Bから、金取引にも大豆取引にも追証が発生しているという話はなかった。

(被告本人は、「四月一日か二日に原告の店舗に行って反訴被告Bに「追証が三〇円か四〇円になったら連絡してほしい。連絡できずに追証がかかったら切ってほしい」と頼み、反訴被告Bは「分かった」と返事をした」旨供述するが、被告は、一一日に原告の店舗を訪れたときに仕切りの話はしていないこと、一八日の電話では仕切ってくれるようには言っていないこと、二一日の電話でも仕切りを確認していないこと(いずれも証人E、被告及び反訴被告B各本人)、反訴被告Bが、右のとおり、二回にわたり委託証拠金の振替をしていること(被告本人の供述するとおりとすれば、これは被告の依頼と正反対の行為となる)、被告が依頼したとの内容が、被告本人の供述全体を通じると必ずしも判然とはしないこと(一度追証が発生しても後に解消すれば仕切らなくてもよいように供述している)に照らすと、被告本人の前掲供述は直ちには措信することができず、四月一日ころの仕切りの依頼や仕切りの合意は認めることができない。一方、反訴被告Bの四月初めの二回にわたる委託証拠金の振替については、被告の了解があったと認めるに足りる証拠はなく、当時の被告の出張の状況、反訴被告Bが昭和六一年五月一二日に記載したという報告書(甲二一)にも四月上旬のことは何も触れられていないこと、三月までは反訴被告Bに言われると委託証拠金を入金していた被告が四月には全く委託証拠金を入金していないこと(第二・一・4の入金状況のとおり)に照らすと、先のとおり、振替の了解は得ておらず、追証の請求もしていなかったものと認められる)

14  金取引についての追証は、同月一四日いったん解消したが、同月一六日再度発生し、さらに、同日までは、追証が発生していても、金取引で現に預託されている委託証拠金の金額と大豆取引で現に預託されている委託証拠金の金額を合計すると、委託本証拠金としての必要額と追証としての必要額との合計を超えていたところ、同月一七日には、右の必要額の合計の方が多くなった。

15  反訴被告Bは、被告と連絡が取れないため、同月一八日には、被告から禁止されていたことではあるが、被告の自宅に電話を架け、被告の妻に被告と連絡を取ってくれるよう依頼した。

被告は、同日、原告方に電話を架け、反訴被告Bの上司であるE営業部長から、初めて、追証が発生していることを知らされた。

同月二一日、被告は、再度原告方に電話を架けたが、被告が急いでいる様子だったので、反訴被告Bは、追証が発生していることを伝えなかった。

同月二二日、被告からの電話に対し、反訴被告Bは、追証が発生していることを伝えたが、正確な数字は伝えなかった。

同月二三日朝、被告は、東京から原告方に電話を架け、反訴被告Bから追証の金額を聞き、なぜこんな金額になる前に仕切らなかったのかと不満を述べた。これに対し、反訴被告Bは、客から言われないのに勝手に仕切ることはできないと答えた。同日、東京から帰った被告は、原告の店舗を訪れ、反訴被告BとE営業部長に会ったが、双方の言い分は食い違ったままであり、被告は、委託証拠金を追加するつもりはないと言った。

16  反訴被告Bは、被告が追証を入金しない意思を明確にしたため、四月二四日、当時の全建玉を仕切った。

17  なお、反訴被告Bは、被告に対し、昭和六一年三月及び四月に定時増及び臨時増の請求はしていなかった(証人Eは、四月一一日に、同証人が大豆取引の定時増を請求した趣旨の供述をするが、同証人は被告の直接の担当者ではなく、それまで追証の請求等をしたことはないこと、四月分の大豆取引の定時増が発生したのは四月一四日であることに照らすと、同証人が、一般的な定時増の話をしたことはあったとしても、具体的な請求をしたとは認められない)。

18  これらの、本件取引における被告の建玉及びその仕切りの年月日、追証の発生及びその解消の年月日、被告が原告に現金を持参した年月日、取引間における委託証拠金の振替の年月日は、別紙本件取引上の各事項一覧表のとおりである。

三  争点1について

一及び二で認定した事実をもとに、反訴被告Bに、被告に本件取引を勧誘し、又は本件取引を執行するについて違法な行為があったかどうか検討する。

なお、商品取引所法、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項、受託業務指導基準、新規委託者保護管理協定等の規定は、取締法規又は商品取引所もしくは商品取引員間の内部規定ではあるが、商品先物取引が極めて投機性の高い取引であって取引をする一般大衆が損失を被る危険性が大きいため、商品取引の適正さを確保し、委託者が不測の損害を被らないようにするために(その結果、業界の健全な発達も図ることができる)定められているものであるから、右各規定の違反の程度が著しく、商品先物取引としての相当性を欠く態様の勧誘行為又は取引執行行為が行われたときは、その行為が不法行為を構成するものであることはいうまでもない。

1  実質的な一任売買

本件取引は、金取引、大豆取引とも、五か月半ないし五か月の間に各四回の買建玉がされただけであり、大豆取引については、二回とはいえ、被告は大和商品でも取引を経験したことがあったものである。

しかし、被告は、金や大豆という商品について特段商品知識や価格変動要因の知識を持っていたわけではなく(反訴被告B本人の認めるところである)、いずれの取引も、反訴被告Bの「こうしてはどうか」との勧めに被告が同意するという形でなされており、とりわけ、昭和六一年一月以降の建玉は、追証として預託した金員が不要となったことから新規の建玉をしたもので、新たに委託証拠金を預託して建玉をする場合に比べ、どれだけの枚数を建玉するかの判断すらも希薄になりがちな要素のある取引ということができる。

したがって、少なくとも昭和六一年一月以降の建玉については、これを実質的な一任売買というべきである。

2  断定的判断の提供

反訴被告Bは、被告に対し、各建玉を勧めるにあたり、「これから上がってくる」「もう下がらない」等のことばを用いているが、被告は、大和商品での取引で約二五〇〇万円もの損失を経験したばかりであり、原告での取引でも最初の建玉以来追証を追加する等して先物取引の投機性は十分に知っていた。

したがって、反訴被告Bから右のようなことばを聞いたとしても、その内容を判断する理解力と経験は被告にあったものであり、反訴被告Bの判断の提供をもって断定的判断の提供ということはできない。

3  過当な売買取引の要求

商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項8は「委託者の手仕舞指示にからんで、他商品又は同一商品の他の限月等に新たに建玉するよう強要し、又は建玉することを条件として手仕舞を応諾すること」「利益が生じた場合にそれを証拠金の増積みとして新たな取引をするよう執拗に勧め、あるいは既に発生した損失を確実に取り戻すことを強調して執拗に取引を勧めること」を禁止すべき行為としているところ、本件取引においては、具体的な一時点での被告からの手仕舞指示(「今日で仕切って下さい」という指示)はなかったのであるから、前者の禁止行為があったとはいえない(四月一日又は二日の仕切りの依頼の有無については二・13で認定したとおり)。

また、本件取引では、「利益が生じた」ということもなかったのであるから、後者の禁止行為そのものがあったといえないことも明らかである(不要になった追証分の委託証拠金による建玉については4で検討する)。

4  不当な増建玉

商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項9は「委託追証拠金が必要であるにかかわらず、委託者が追証拠金として預託したもので、さらに新規建玉するよう仕向けること」を禁止すべき行為としているところ、本件取引においては、追証が必要であるのに預託された金員を追証とせず新規建玉をしたとの建玉は存在しない。

しかし、右の禁止事項は、商品取引員が不当に「手数料稼ぎ」をすることを防止するとともに、委託者が明白にこの金員で新規建玉をするといって建玉をする方法以外の建玉を禁止する趣旨(委託者の委託の意思を明確にする趣旨である)と解することができ、前記指示事項8で、利益金で増建玉をするよう執拗に勧めることを禁止していること(これも、委託者の意思を明確にし、かつ、返還すべき金員はいったん返還すべきことをいうものと考えられる)をも考え併せれば、不必要になった追証を返還せず、右金員で新規建玉をするように仕向けることも、前記指示事項9に該当する行為というべきである。

そして、本件取引においては、昭和六一年一月以降の建玉が不必要になった追証による新規建玉であることは、1で触れたとおりであり、これが反訴被告Bの仕向けた行為といえること、このような建玉が、前記指示事項8及び9で禁止する理由となったとおり、委託者の委託の意思を不明確なものとしてなされたことも、1で触れたとおりである。

なお、昭和六一年三月一三日の金三〇枚の買建玉についてみると、大豆取引において臨時増が発生し一四日からは定時増も発生するという状況下であり、一二日には追証も発生していた(一三日には解消)のであって、結果とはいえ、一四日には金取引、大豆取引の双方に追証が発生し、被告は一〇四〇万円の追証を入金するに至ったのであるから、その不当性は著しいといわざるをえない。

したがって、本件取引には、前記指示事項9にいう不当な増建玉があったものというべきである。

5  新規委託者保護管理協定違反

甲七の一・二、八、二〇の一・二(いずれも成立に争いがない)、証人E及び同F、反訴被告B本人によれば、原告には、社内に、新規委託者保護管理協定等の全国商品取引員協会連合会の受託業務適正化推進協定に沿った内容の新規委託者保護管理規則が設けられていること、反訴被告Bは、昭和六〇年一〇月九日(大豆一〇枚建玉の日)、右規則に則り、被告に対する制限枚数超過の申請を特別担当班責任者宛て提出したが、特別担当班と総括責任者は、顧客カードの「商品取引の経験有」「年収五〇〇〇万」との記載から制限枚数の超過を相当と判断し、被告の建玉を二〇〇枚の範囲で認めたことが認められる。

ところで、被告の学歴、年齢、職業からすれば、被告が商品取引の理解力、判断力を有するということはできるが、経験有りという大和商品での取引は大和商品側に誘導されてなされたのではないかとの疑いが強いものであり、客観的には、被告が新規委託者としての保護が不要の者とは認められない。

反訴被告Bは、大和商品での取引内容は具体的に知らないまま大和商品で取引をしていたという事実のみから被告を経験者と断定したものであり、被告の資力にしても推測で五〇〇〇万円としたのであるから、このような資料で制限枚数超過の申請をした反訴被告Bにも、それを安易に二〇〇枚まで認めた特別担当班等にも、実質的にみれば、新規委託者の保護に欠ける面があったといわざるをえない。

6  追証状態の放置

本件取引において、金取引に四月一日に発生した追証及び大豆取引に同月三日に発生した追証については、反訴被告Bが被告に連絡を取ったとは認められず、その後の経過も二・13ないし15に認定したとおりである(右の経過からは、二つの取引を行い、委託証拠金に余裕ができてもそれをいったん返還することをせず、プールしておく方法を取っていたため、反訴被告Bの側でも追証という事態に無関心になっていたのではないかとすら疑われる)。

さらに、反訴被告Bは、一般大衆を波乱相場から離脱させる効果を持つと言われている定時増や臨時増を被告に請求した形跡がない。

したがって、反訴被告Bの四月一日以降の行為は、追証状態を放置していたというべきである。

7  以上のとおり、反訴被告Bの本件取引の執行行為には、実質的な一任売買、不当な増建玉、新規委託者の保護違反及び追証状態の放置の法規、内部規定違反等が存し、その行為は一体として不法行為を構成する。

したがって、反訴被告Bは、不法行為者として損害賠償責任を負うべきであり、原告もまた、その使用者として損害賠償責任を負うべきである。

8  もっとも、反訴被告Aの責任についてみると、被告は、反訴被告Aが本件取引当時原告の代表取締役であったと主張するのみであり、反訴被告Aが反訴被告Bを現実に選任、監督していたとは主張していない上、反訴被告Aが反訴被告Bを現実に選任、監督していたとの事実を認めるに足りる証拠もないのであるから、反訴被告Bの行為について、反訴被告Aの責任は追及することができない。

四  争点2及び6について

1  被告が原告に対し、委託証拠金名目で合計三七四三万五〇〇〇円を預託したことは、当事者間に争いがない(第二・一・4)。

被告は、本件取引による精神的損害として慰謝料一〇〇万円を請求するが、被告に財産的損害の賠償によって回収されない精神的苦痛が存することについての特段の事情を認めるに足りる証拠はない(被告本人は、本件取引がきっかけとなって妻が自殺するに至ったとの趣旨の供述をしているが、本件取引との因果関係は直ちには認められない)。

したがって、慰謝料に関しては、被告の請求は理由がない。

2  すでに認定したとおり、被告は、大和商品での取引を通じて先物取引の投機性、危険性は十分知りながら、再度、漫然と反訴被告Bのいうままに取引をし、本件取引の経過からすれば、途中で取引を打ち切ることは可能であったのに、損を取り返したいとの気持ちから決断ができなかったものである。

また、四月一日以降の状況についても、被告が出張が多かったにもかかわらずその間の連絡方法を十分打ち合わせておかなかった責任の一端は被告側にもあるものと考えられる。

これらを考慮すると、被告の損害のうち五割は、被告自身の過失によるものとして相殺するのが相当である。

したがって、1の財産的損害のうち五割を控除した一八七一万七五〇〇円が一応被告の損害となる。

五  争点5について

原告の従業員である反訴被告Bに不法行為が認められることは三のとおりであるが、四・2で考慮した被告側の過失も考え併せると、本訴請求のうち、五割を超える請求は信義則に反し許されないというべきであり、六〇〇万四七五〇円の範囲では理由があるというべきである。

六  相殺の抗弁について

被告は、本訴において、不法行為による損害賠償請求債権をもって原告の本訴請求債権と相殺する旨の主張をするところ(第二・一・6)、被告の主張は、本訴請求債権が一部でも認められる場合は、右損害賠償請求債権は、まず相殺に供し、その余を反訴請求として請求するものと善解することができる(被告は、先に本訴において相殺の抗弁を提出し、その後、反訴を提起している)ので、第二・一・6・(一)の相殺の意思表示により、本訴請求債権は消滅したことになる。

七  弁護士費用について

右相殺により、被告の反訴請求は一二七一万二七五〇円の限度で理由があるところ、被告主張の弁護士費用二二万四五〇〇円は相当の範囲の損害といえるから、被告の損害額は、結局、合計一二九三万七二五〇円となる。

八  結論

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がなく、被告の反訴請求は、原告及び反訴被告Bに対する損害賠償金一二九三万七二五〇円及び委託証拠金分の損害賠償金に対する昭和六一年四月二五日(本件取引の終了日の翌日)からの民法所定の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告及び右反訴被告に対するその余の請求並びに反訴被告Aに対する請求はいずれも理由がない。

(裁判官 江口とし子)

<以下省略>

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